02. 音に乗せて祈る、ということ

02. 音に乗せて祈る、ということ

おりんの音は、ただの音ではありません。

その音に、何かを重ねるようにして、
人は手を合わせてきました。
言葉にならない想いを、音に乗せるのです。
祈りとは、本来そのようなものだったのかもしれません。


山口久乗は、四代にわたり、
仏具と向き合ってきました。

はじまりは、鋳物の技術にあります。
金属を溶かし、かたちにし、音を生み出す。

その営みは、音の鳴る道具をつくるだけでなく、
人の心に触れる音を生み出す仕事でもありました。

「久乗」という名前にも、
受け継がれてきた意味があります。

本家にあたる久太郎、久左衛門という名から、
「久」の一文字を受け継ぎました。

初代は「休乗」という名でしたが、
“休む”ではなく、“幾久しく”という意味を込め、
「久乗」となりました。

長く続くもの。
時間を重ねるもの。

その願いが、名前に込められています。

時代とともに、
祈りのかたちも変わってきました。

仏壇の前に座り、手を合わせる。
そうした時間は、少し遠いものになっています。
そこで三代目は、祈りを日常の中で行える道具を考えました。

特別な場所に限らず、身近なところで手を合わせる。
そのきっかけとして、おりんの音があります。

音を鳴らす。
その音に、大切な人への想いを重ねる。
久乗おりんの音は、
そのきっかけになります。

かたちにとらわれず、音に向き合う。
その時間に、祈りが生まれます。

私たちは、音をつくりながら、
祈りのかたちを問い続けています。

それは特別なものではなく、
日々の中にある行為です。

音に乗せて祈るということ。
そのあり方は、これからも受け継がれます。